警視庁無断HIV抗体検査及び解雇無効訴訟…原告全面勝利!
額を除き完勝といってよい。当初、裁判所は、HIV抗体検査を実施する旨を明記するようになったのだからよいのではないかといった語調であった。ところが、判決文では、「違法性が阻却」される事由というように、原則不可とし、例外もかなりの程度厳格にとらえるようになった。正直なところ、ここまでの踏み込んだ内容になるとは思っていなかった。この判決から直接に、採用試験時の項目からHIV抗体検査を削除することはできないが、不必要で合理性がなく違法な状態と宣告されたために、確定した場合には、おそらく削除されることであろう。
また、懸念していたこととして、入校式の前日(8/3)に「辞職」したために、正式採用されているかどうかが争いとなるのではないかということもあった。しかし、この点に関して、東京都は争わず、7/28の時点で手続完了と述べていた。
また、何よりも厄介であったことは、警察という職務の特殊性が主張されやすい場で起こったことである。東京都は当然ながら、一般企業とは異なる点を全面的に主張した。身体的・精神的にストレスがたまりやすい警察官という職業は原告のAIDS発症を早めるだけであり、危険だとういことである。しかし、実際はその旨の発言を行ったと裁判所で認定されてしまったが、仲野警視が「集団生活だから」という理由は、もちろん東京都も正面きって主張はしていない。同様にblood-to-blood contactの危険性からの主張もしていない。
しかし、判決では、あっさりとその警察官の職務の特殊性は、相対的にハードなレベルにあるとされただけであった。さらには、不眠不休であるという警察官のハードな職務内容は、むしろ、そちらの方が是正されるべきとしている。また制度上は、週40時間勤務、完全週休二日制、年次休暇20日が保障されており、ストレスによって免疫力が低下したとしても、回復させることは可能だと判決は述べている。
結局は、警察官だから、また、HIV感染者だからという、グループ単位の判断で処理されてはならないとし、医師の適切なアドバイスにより、個別具体的に免疫状態を観察しながら判断されるべきであるとする。
本件検査が違法であることは明らかだが、知ってしまった後の病院の対応はどうだろうか? 病院の告知方法をめぐっては、すでに2000年判決で違法性が認められている。本人告知が原則である。それは小関本部長が医者であるか、また、優秀であるかは問題とはならない。警察病院は、この場合においては、単なる検査機関にすぎないと主張しても、意味のないことである。また、別途配布する資料にもあるが、母親を呼んでというやり方が決して認められないものであることはいうまでもない。
次に、HIV検査を雇い入れ時に行うことについてはどうかという点だが、本件は、日本で初の採用時HIV検査の違法性が争われた事例である。そして、問いは以下の層に分けられる。前の項目が認められない場合のみ、そのあとの項目が意味をもつ。
雇い入れ時に無断検査可能か?
→この層では、双方共に争っていない。HIV抗体検査を無断で行ってはならないという点では、東京都も認めていることを表している。おそらく、それが認められる余地はないだろう。
警察学校入校時の検査に含まれていると推測可能か?
→被告の主張はこれである。「等」に当然含まれるとする。しかしそれが採用されなかったのは上記したとおりである。
雇い入れ時の検査説明で明示すれば検査可能か?
→裁判所は当初この層に立っていた。つまり、説明不足が違法だということだった。おそらくであるが、裁判長は、当初警察官にHIV抗体検査を行うことはそれなりの正当性があると考えていたものと思われる。しかし、日本で警視庁以外行っていないこと、採用時にしか行っていないこと、陽性だった場合の対処が今回にの事件まで定まっていなかったこと、原告主治医がHIV感染者と警察官とは排除しあう関係にないと証言したことから変化したのだろう。
採用試験時に明示するならば可能か?
→1999年以降募集要項に記載され、このようになっている。試験の一項目であるために、それが原因で不合格となったかを知ることはほぼ不可能であろう。しかし、これも判決で否定された。つまりは、検査そのものに合理性を認めなかったのである。
検査結果が陽性だった場合は、採用取り消しや解雇が認められるか?
→これは、別途資料で掲げた1995年判決で、一般企業においては、否定されている。
検査を行っていなくても、自己申告で、感染を知った場合取り消しが認められるか
→日本での先例はないが、不可とした事例がアメリカにある。Louis Holiday v. City of Chattanoogaである。これは、ADA(障害とを持つアメリカ人法)と日本の法制度との比較という点でも興味深い。また、この事例は、医者の判断についてそれが有効とされるための要件を明確にしている点で重要である。
つまりは、どの層においても、警視庁が行うHIV抗体検査は認められるものではない。
今回の判決は、上のアメリカの事例と並ぶ意義をもつものであり、日本の労働状況におけるHIV差別に関して、画期的な事件である。なぜならば、ほとんど全ての職業において、雇い入れ時のHIV抗体検査は違法性を阻却されないというに等しい判決内容だからである。
5.1 Louis Holiday v. City of Chattanooga - United States Court of Appeals for the Sixth Circuit, 2000/3/10 -
原告のLouis Holidayは判決当時テネシー議会警察の警察官であった。ところが、1993年に彼がチャタヌーガ市警察の採用試験で筆記試験、体力試験に合格したが、メディカルチェックのときに、自らHIV陽性であると申告し、それを聞いた医師がHIV陽性者は警察官には不適であろうということを採用担当者に電話で告げたために、採用取消となってしまった。取り消しの理由をHolidayが担当者に問いただしたところ、”…could not put other employees and the public at risk by hiring you. ”と言われた。
この事実に基づき、HolidayはADA(The Americans with Disabilities Act)、および、政府機関に同様の内容を定めたRehabilitation Actに市は反しているとして、訴えた。警察サイドがHIV陽性の事実を知った経路以外は、今回の警視庁の事件とほぼ同様である。
一審では、市の主張が認められたが、控訴審はそれを破棄した。判決の内容として:
Holidayは体力試験に合格し、実際警察官として勤務していることからも、適性は十分にある。また、医師の判断が有効であるためには、資格を有する者が、データ等の客観的な合理性を基礎として、患者を個別具体的に診断した結果でなければならないとする。医師の”state of mind”だけでは決して医師の判断として正統性を認められるものではない。この医師はHolidayがHIV陽性であるということを本人から聞いただけで判断を行っており、到底それだけでは不十分である。
その点から考えると、Holidayの病状が進行していたことを示す証拠は一切ない。また、医師が具体的に診察した形跡もない。
したがって、市の採用取消には根拠がなく、それを認めた原審の判決を破棄した。
5.2 ADAについて
1990年にブッシュ・シニア大統領の時期に成立し、その後イギリス、オーストリアなどで、ほぼ同様の法律が制定されている。雇用だけではなく、宿泊施設での宿泊拒否の禁止や、バリア・フリー対策等も含まれた法律である。
上記の判決で述べていることだが、ADAの命題はシンプルであり、それは、障害をもつ人はその能力という点で判断されるべきであり、根拠のない危惧、偏見、無知、あるいは神話などから判断されたり差別されてはならないということである。
日本とは制度的に異なる点が多い(雇用において日本は一定率の割り当て制、他にドイツやフランスも)が、参考となる点もある。ADAでは、1)現に障害を有している人のほか、2)過去に障害を有していた人、3)他者から障害を有していると見なされる人(それが事実かどうかは問わない)も等しく保護の対象となる。たとえば、HIVに感染していると噂された場合、その真否にかかわらず、そのことからさまざまな差別的な扱いが生じる可能性がある、そのような事態を生じさせないため、他者から障害を有していると見なされる人(それが事実かどうかは問わない)も等しく保護の対象とされている。また、公民権法第7編に準じて、差別的な雇用慣行に反対する人にたいする保護も規定されている 。
このような点については、条文によって創設されたというよりも、確認的であるために、日本にもその理念は妥当するだろう。